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高校生向け|平治の乱はいつ?誰と誰が戦った?覚え方と入試に出るポイントをわかりやすく解説!

平安時代後期に起きた「平治の乱」は、源氏と平氏の対立が表面化した重要な事件です。
高校の定期テストや大学入試(日本史B・共通テスト)でも頻出で、「いつ起きたの?」「誰が戦ったの?」「なぜ起きたの?」という基本をしっかりおさえることが得点アップのカギとなります。

本記事では、歴史が苦手な高校生でも理解しやすいように、時代背景や主要人物、語呂合わせによる覚え方まで丁寧に解説します。

歴史の流れをつかみながら、試験対策にも使える要点を一緒に確認していきましょう。

  1. 平治の乱とは?高校生向けに簡単に要点解説
    1. 平治の乱が起きた時代と年号は?
      1. 保元の乱との違いにも注目!
    2. 誰と誰が戦った?主要な登場人物を整理
      1. 源義朝と平清盛の対立とは?
      2. 後白河上皇と藤原信頼の関係も重要
      3. 信西(藤原通憲)と信頼の対立構造
    3. なぜ平治の乱が起きたのか?背景をわかりやすく
      1. 保元の乱の勝者同士が敵に
      2. 院政と側近政治の軋轢
      3. クーデターで火種に
  2. 定期テスト・入試でよく出る「平治の乱」のポイント
    1. テストで狙われる3つのチェック項目
      1. 「年号」「人物」「結果」のセットで覚える
      2. 語句の選択問題に強くなるコツ
    2. 共通テスト・日本史Bにも出る!問われ方の傾向とは?
      1. 過去問から読み解く出題パターン
      2. 「保元の乱」「源平合戦」との関連問題も頻出
    3. ポイントのまとめ
  3. 覚え方・語呂合わせで忘れない!「平治の乱」攻略法
    1. 年号の覚え方:「1159(いいごくろう)」で覚える語呂
      1. 語呂合わせ例
    2. 人物の覚え方:名前と役割をセットで整理
      1. 源義朝=敗者、平清盛=勝者として覚える
      2. 信頼(裏切られた側)と信西(政治家)の違い
    3. ビジュアルで覚える!関係図・相関図付き解説
      1. 人物相関図
      2. ポイント
    4. まとめ:覚え方のポイント集
  4. 平治の乱のその後と歴史的な意味
    1. 勝者・平清盛が台頭し武士政権の前段階へ
      1. 清盛の出世が武士の地位を変えた
      2. 歴史的な意味
    2. 源義朝の死と頼朝への影響(鎌倉幕府へとつながる)
      1. 義朝の死と源氏の没落
      2. しかし…息子・頼朝が生き残る
      3. 歴史的な意味
  5. まとめ|「平治の乱」はこう覚えよう!
    1. 試験前のチェックリスト
    2. 保元の乱との比較で記憶を定着
    3. 総まとめのワンポイント
  6. 平治の乱 一問一答問題(高校日本史)
    1. 基本事項
    2. 関連事項の理解を深める問題
    3. 語呂合わせで記憶確認
    4. 頻出の記述対策
  7. まとめ

平治の乱とは?高校生向けに簡単に要点解説

平治の乱(へいじのらん)は、1159年(平安時代末期)に起きた武士と貴族の争いです。
この戦いは、1156年保元の乱(ほうげんのらん)に続く政変で、武士が政治の中心に関わるようになる大きな転機でした。
参考:NHK高校講座「平氏政権の登場」

※なお、保元の乱については、以下の記事でくわしく解説しています。
【高校生向け】保元の乱とは?いつ・誰が戦ったかを簡単に解説

平治の乱が起きた時代と年号は?

平治の乱は、1159年(平治元年)に起きました。

この時代は、貴族の力がまだ強く残っていたものの、武士が次第に台頭していた時期です。
特に、平清盛(たいらのきよもり)や源義朝(みなもとのよしとも)といった有力な武士たちが中央政治に関わるようになっていきます

保元の乱との違いにも注目!

比較項目保元の乱(1156年)平治の乱(1159年)
主な対立上皇と天皇の皇位争い+貴族同士武士・貴族による権力争い
勝者後白河天皇、平清盛、源義朝平清盛
負者崇徳上皇、藤原頼長源義朝、藤原信頼
特徴天皇家内の争いが中心武士が主導する政変

平治の乱は、保元の乱の結果できた体制の中でのさらなる主導権争いです。

誰と誰が戦った?主要な登場人物を整理

平治の乱では、平清盛 vs 源義朝・藤原信頼連合軍の形で争いが起きました。

源義朝と平清盛の対立とは?

  • 源義朝(みなもとのよしとも)
    源頼朝の父。保元の乱では平清盛と協力して戦いましたが、その後、権力争いで平清盛と対立するようになります。
  • 平清盛(たいらのきよもり)
    平氏の棟梁(トップ)。保元の乱後に朝廷での地位を高め、武士で初めて朝廷の政治に深く関与するようになった人物です。

この二人が「保元の乱の勝者同士」であったにもかかわらず、次第に権力を巡って衝突したのが平治の乱の大きな特徴です。

後白河上皇と藤原信頼の関係も重要

  • 後白河上皇(ごしらかわじょうこう)
    保元の乱で勝利した後に即位し、上皇として院政(いんせい)を開始しました。
  • 藤原信頼(ふじわらののぶより)
    後白河上皇に仕える側近で、源義朝と手を組んで政敵・信西の排除を狙います

後白河上皇は最初、信頼・義朝側と親しい関係でしたが、戦いの中で平清盛側に乗り換えます。

この「裏切り」が、信頼・義朝側の敗北につながりました。

信西(藤原通憲)と信頼の対立構造

  • 信西(しんぜい)=藤原通憲(ふじわらのみちのり)
    学識に優れた政治家で、保元の乱の後、後白河天皇のもとで実質的な政権運営を担う立場になります。
  • 藤原信頼は、信西を「うとましい存在」として見ており、源義朝と組んでクーデターを起こして信西を追放・自害に追い込んだのです。

しかし、このクーデターが平清盛の怒りを買い、逆襲されるきっかけとなります

なぜ平治の乱が起きたのか?背景をわかりやすく

平治の乱の背景には、以下のような要因があります:

保元の乱の勝者同士が敵に

源義朝と平清盛は本来同じ側でしたが、保元の乱後の「人事・政治の主導権争い」で対立が激化。

院政と側近政治の軋轢

後白河上皇の側近である信西信頼の間で、権力の取り合いが続いていました。

クーデターで火種に

信頼・義朝が信西を倒したクーデターが、逆に平清盛を警戒させ、清盛が武力で義朝・信頼を制圧する展開に

まとめると:
「平治の乱」は、武士と貴族の権力争いが激化した結果起きた政変であり、平清盛が勝利して武士の時代が一歩進んだことを意味する事件です。

※詳しくは、山川出版の『詳説日本史』がおすすめです。


【日探705】詳説日本史 山川出版 文部科学省検定済 高等学校 地理歴史科用 高校教科書 日本史探究

定期テスト・入試でよく出る「平治の乱」のポイント

平治の乱は、短期間の政変ですが、武士の台頭を示す重要な出来事として、定期テストや共通テストなどで頻出です。

特に私立高校の入試や、大学入試の共通テスト(日本史B)では、保元の乱・源平合戦との関係までセットで問われる傾向があります。

テストで狙われる3つのチェック項目

「年号」「人物」「結果」のセットで覚える

高校の定期テストでは、以下の3点セットで出題されることが多いです。

チェック項目内容例題形式
年号平治の乱:1159年「平治の乱が起きた年を答えよ」
人物源義朝 vs 平清盛/藤原信頼 vs 信西「平治の乱で敗れた武士は誰か」
結果平清盛が勝利し、平氏が台頭「平治の乱の勝者は誰か?」

覚え方のコツ:
「いいごく(1159)→ 平治の乱」と語呂で覚えるのも有効です。

語句の選択問題に強くなるコツ

定期テストでは、「次の語句から適切なものを選べ」という形の選択問題も多く出ます。

対策としては:

  • 「源義朝」「平清盛」「藤原信頼」「信西」の役割と立場を一言で整理
    例:源義朝=源氏の棟梁、信西=後白河の側近政治家
  • だれが味方同士で、誰と敵対していたかを図で確認
    (例:源義朝+藤原信頼 vs 平清盛+後白河上皇)

共通テスト・日本史Bにも出る!問われ方の傾向とは?

過去問から読み解く出題パターン

共通テスト(旧センター試験含む)では、文章資料+設問の形式が増えています。

よくある出題形式:

  • A〜Dの文章資料を読ませて、「この政変の背景として正しいものを選べ」
  • 時代の流れを問う:「保元の乱→平治の乱→平清盛の台頭→壇ノ浦」などの流れの中で、空欄を埋めさせる問題

対策:
事件単体でなく、前後の出来事との因果関係まで押さえることが必要。

「保元の乱」「源平合戦」との関連問題も頻出

共通テストや入試では、以下のような関連問題が頻出です。

  • 保元の乱との比較
    • 問題例:「次のうち、保元の乱と平治の乱のどちらに関係する人物か、正しく組み合わせたものを選べ」
    • 対策:人物と年号、勝敗の整理表をつくる
  • 源平合戦への流れとして
    • 平治の乱で敗れた源義朝の子が「源頼朝」→後に平氏を倒して鎌倉幕府を開く
    • 問題例:「平治の乱後に伊豆へ流された源氏の人物は誰か?」

平治の乱=源平合戦の前段階であり、武士の政権樹立へ向けた重要ステップという理解が求められます。

ポイントのまとめ

ポイント解説
年号の暗記語呂「いいごく(1159)」で覚える
登場人物味方・敵の組み合わせを図解で整理
結果の理解平清盛の勝利→平氏の全盛期へ
試験形式選択肢問題・空欄補充・文章読解型が中心
関連知識保元の乱や源平合戦とセットで押さえる

覚え方・語呂合わせで忘れない!「平治の乱」攻略法

平治の乱は、名前こそ有名ですが、年号・人物・立場を混同してしまう高校生が多いテーマです。
ここでは、「平治の乱ってなんだっけ?」とならないための記憶術を紹介します。

年号の覚え方:「1159(いいごくろう)」で覚える語呂

平治の乱の年号=1159年

語呂合わせ例

  • 「いいごくろう(1159)」な戦い=平治の乱
    → 源義朝たちが都でがんばったけど負けた → ご苦労さま…
  • 似たような年号が並ぶ「保元の乱(1156年)」との区別には:
出来事年号語呂
保元の乱1156年いいころ(1156)に始まる戦乱
平治の乱1159年いいごくろう(1159)で終わる戦い

年号は、語呂でリズムよく暗記時系列順に並べることが定着のコツ!

人物の覚え方:名前と役割をセットで整理

登場人物が多く、混乱しやすい「平治の乱」ですが、覚えるべきは5人だけ。しかも、立場をセットで覚えるとスムーズです。

源義朝=敗者、平清盛=勝者として覚える

名前立場ポイント
源義朝(みなもとのよしとも)源氏の武将/【敗者】藤原信頼と組んで挙兵するが敗北。息子が「源頼朝」
平清盛(たいらのきよもり)平氏の武将/【勝者】義朝を倒し、のちに武士として太政大臣にまで出世

信頼(裏切られた側)と信西(政治家)の違い

名前立場キーワード
藤原信頼(ふじわらののぶより)後白河上皇の近臣 → 義朝と結んで挙兵/【敗者】信西を追放するが、後に平清盛に裏切られる。最終的に処刑。
信西(藤原通憲)実権を握る政治家(僧)/【勝者側→追放】優秀な官僚だったが、信頼に追われ自殺する

「信頼=敗れる」「信西=政治のプロ」とまとめると混同しにくい!

ビジュアルで覚える!関係図・相関図付き解説

視覚で覚えるのが得意な人のために、「平治の乱の人間関係」を簡単な相関図で整理します。

人物相関図

ポイント

  • 信西 vs 信頼:貴族政治の主導権争い
  • 源義朝 vs 平清盛:武士勢力の対立
  • 信頼と義朝は手を組むが、平清盛が形勢逆転
  • 信頼は平清盛に裏切られる → この展開がよく問われる!

まとめ:覚え方のポイント集

要素覚え方のコツ
年号1159年 → 「いいごくろう」で語呂暗記
勝敗源義朝&藤原信頼【敗北】、平清盛【勝利】
相関関係信西 vs 信頼/源義朝+信頼 vs 平清盛
ビジュアル記憶相関図で整理、ストーリーで理解

平治の乱のその後と歴史的な意味

平治の乱は、単なる権力闘争にとどまらず、武士が政治の表舞台に出てくる転機となった重要な出来事です。ここでは、乱の後に何が起きたのか、どんな影響を残したのかを解説します。

勝者・平清盛が台頭し武士政権の前段階へ

清盛の出世が武士の地位を変えた

  • 平治の乱で勝利した平清盛は、その後、中央政界で大きな権力を握ります。
  • 朝廷内で昇進を重ね、1167年には武士として初めて「太政大臣」に就任。
  • これは、貴族中心の政治から武士が政治の中枢に進出した象徴的な出来事でした。

歴史的な意味

  • 平治の乱は、武士政権(鎌倉幕府)成立への序章
  • 清盛が築いた平氏政権(事実上の武家政権)は、日本史における「貴族→武士」への大転換点と評価される

源義朝の死と頼朝への影響(鎌倉幕府へとつながる)

義朝の死と源氏の没落

  • 平治の乱で敗れた源義朝は逃亡の途中で家臣に裏切られ、暗殺
  • 源氏は都での力を完全に失い、一時的に平氏の天下となる

しかし…息子・頼朝が生き残る

  • 義朝の子、源頼朝は清盛に助命され、伊豆へ流罪
  • この頼朝こそ、のちに挙兵して平氏を滅ぼし、鎌倉幕府を開く(1192年)

歴史的な意味

  • 平治の乱の敗北が、「源頼朝による武士政権樹立」の遠因となる
  • 源平の対立はこのときすでに始まっていたことが分かる

まとめ|「平治の乱」はこう覚えよう!

ここでは、試験対策として「平治の乱」で押さえるべき内容を整理します。特に入試・定期テスト直前の確認に使えるよう構成しています。

試験前のチェックリスト

項目確認すべき内容
年号平治の乱は 1159年(いいごくろう)
主な人物源義朝・平清盛・藤原信頼・信西
勝者・敗者勝:平清盛 敗:源義朝・藤原信頼
結果清盛が台頭し、武士政権の前段階がスタート
意味鎌倉幕府への伏線。貴族から武士への転換点

保元の乱との比較で記憶を定着

「保元の乱」と「平治の乱」はセットで出題されることが多いため、違いをおさえておくことが重要です。

項目保元の乱(1156年)平治の乱(1159年)
年号1156年(いいころ)1159年(いいごくろう)
対立天皇家(上皇 vs 天皇)貴族・武士の政争(信西 vs 信頼)
主な武士源義朝・平清盛(両方勝者)義朝【敗北】vs 清盛【勝利】
結果信西が権力掌握平清盛が台頭、源氏衰退
歴史的意味武士が戦の主力として登場武士が政権中枢に進出、幕府の伏線
  • 年号と人物の立場が逆転していることがポイント!
  • セットで覚えることで、記憶が確実に!

総まとめのワンポイント

平治の乱=「源義朝と藤原信頼が挙兵→平清盛に敗北」
→ 清盛が出世し武士が政治の主役に
→ 源頼朝が後にリベンジして幕府を開く!

平治の乱 一問一答問題(高校日本史)

基本事項

Q1. 平治の乱が起こったのは何年か?
A1. 1159年

Q2. 平治の乱で戦った代表的な武士2人は誰か?
A2. 源義朝・平清盛

Q3. 平治の乱で、藤原信頼が対立した政治家は誰か?
A3. 信西(藤原通憲)

Q4. 平治の乱で敗れた源氏の武将は誰か?
A4. 源義朝

Q5. 平治の乱の勝者となった武士は誰か?
A5. 平清盛

Q6. 平治の乱の結果、台頭した平氏の人物は?
A6. 平清盛

Q7. 平治の乱の背景には、どのような権力闘争があったか?
A7. 藤原信頼と信西の政争(貴族間の対立)

Q8. 源義朝の子で、のちに鎌倉幕府を開いた人物は誰か?
A8. 源頼朝

Q9. 平治の乱の後、源頼朝はどこに流されたか?
A9. 伊豆

Q10. 信西は平治の乱でどうなったか?
A10. 自害した(藤原信頼側に追われて)

関連事項の理解を深める問題

Q11. 保元の乱と平治の乱、どちらが先に起こったか?
A11. 保元の乱(1156年)

Q12. 平治の乱と保元の乱で、同じ人物で立場が変わった武士は誰か?
A12. 平清盛(保元では源義朝と同じ側、平治では対立)

Q13. 平清盛は平治の乱の後、武士として初めて何という官職に就いたか?
A13. 太政大臣

Q14. 平治の乱をきっかけに、武士は政治のどのような地位を得たか?
A14. 政権の中枢に進出するようになった

Q15. 源平の対立は、どの乱から本格化したとされるか?
A15. 平治の乱

語呂合わせで記憶確認

Q16. 「平治の乱=1159年」を覚える語呂合わせは?
A16. いいごくろう(1159)

頻出の記述対策

Q17. 平治の乱が後の日本史に与えた影響を簡潔に説明せよ。
A17. 平清盛の台頭により、武士が政治の中心に進出するきっかけとなった。また、源頼朝が後に鎌倉幕府を開く伏線となった。

Q18. 平治の乱で源義朝が敗れた理由を説明せよ。
A18. 朝廷内で信頼を失った藤原信頼とともに挙兵したが、信西側の平清盛に敗れ、支援を受けられず逃亡中に殺された。

※なお、保元の乱~鎌倉幕府成立までの範囲の一問一答問題を以下の記事で紹介しています。
保元の乱や治承寿永の乱から鎌倉幕府の成立までの解説と一問一答問題:高校日本史のテスト対策完全ガイド

まとめ

「平治の乱」は、源義朝と平清盛の対立、後白河上皇をめぐる権力争いが背景となった武士同士の戦いでした。この乱の勝者となった平清盛はその後の政界で台頭し、武士政権の幕開けへとつながっていきます。

テスト対策では、「1159年」「源義朝 vs 平清盛」「後白河上皇・藤原信頼・信西の関係」などの要点をおさえ、語呂や相関図で記憶を定着させましょう。
保元の乱との違いも比較しておくと、さらに理解が深まり、入試にも対応できる知識になります。

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福地 暁です。 20年以上教育に携わり、現在は個別指導の塾を経営しています。 これまで3000組以上のご家庭を担当させていただき、中学受験(灘中・御三家など最難関含む)、高校受験、大学受験(医学部・旧帝大含む)への合格をアシストしてきました。 この記事では中学受験、高校受験、大学受験、英検・TOEIC対策、中学生・高校生の定期テスト対策など、さまざまな学習アドバイスをしています。 みなさまの学びにプラスになる情報をお伝えしていきます! よろしくお願いします。 1男1女の父。 どうやら娘には「甘いパパ」と思われているようで、 アイスやジュースをねだるときは必ずパパのところにきます。