中学生のための江戸時代年表勉強法(分かりやすい年表付き):定期テストで高得点を狙うコツ

ペリー提督像 中学生
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江戸時代は日本の歴史の中で重要な時代であり、年表を理解して勉強することは中学生にとっても大切な学習要素です。

この記事では、中学生向けに江戸時代の年表を効果的に勉強し、定期テストで高得点を獲得するためのコツを紹介します。

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  1. 中学生向けの江戸時代年表勉強法
    1. 自分で歴史年表を作成する
    2. イラストやマインドマップの活用
    3. 用語集の作成
    4. 複数の問題集で学習
  2. 江戸時代の分かりやすい年表
  3. 江戸時代の流れと重要ポイントの解説
    1. 1603年 – 江戸時代の始まり
    2. 1615年 – 大坂の陣
    3. 1633年 – 鎖国政策
      1. 対外交渉の制限
      2. 異国船の排除
      3. 鎖国政策の結果
    4. 1688年 – 1704年頃 – 元禄文化の隆盛
      1. 元禄文化の特徴
      2. 歌舞伎の隆盛
      3. 浮世絵の発展
      4. 都市文化の発展
      5. 元禄文化の文化人とその代表的な作品
    5. 1716年 – 1745年 – 享保の改革
      1. 財政の改革
      2. 商業の奨励
      3. 物価の安定化
      4. 享保の改革における政策の一覧
      5. 改革の結果
    6. 1750年 – 1787年 – 田沼の改革
      1. 貨幣改鋳で通貨の価値を安定化
      2. 株仲間の奨励
      3. 百姓一揆や打ちこわしが発生
      4. 改革の結果
    7. 1787年 – 1793年 – 寛政の改革
      1. 倹約令の公布
      2. 囲い米の実施
      3. 出稼ぎの制限と農村への帰農を奨励
      4. 改革の結果
    8. 1804年 – 1830年頃 – 化政文化の興隆
      1. 化政文化の特徴
      2. 近代化の端緒
      3. 浮世絵の変化
      4. 化政文化の文化人とその代表的な作品
    9. 1830年 – 1844年 – 天保の改革
      1. 厳しい倹約令の発令
      2. 株仲間の解散
      3. 人返しの法の実施
      4. 上知令で諸藩から猛反発
      5. 改革の結果
    10. 19世紀半ば – 1868年 – 幕末の動乱と明治維新
      1. アヘン戦争で清が敗れる
      2. 1853年 – アメリカのペリー提督があらわれる
      3. 1854年 – ペリー提督再来日し、日米和親条約がむすばれる
      4. 1858年 -日米修好通商条約がむすばれる
      5. 物価が急上昇し、庶民の不満が高まる
      6. 1867年 – 将軍・徳川慶喜が大政奉還をする
      7. 1868年 – 戊辰戦争
  4. 歴史の流れを学べる本・参考書
    1. 『中学社会 スーパー歴史年表』
    2. 『中学 マンガとゴロで100%丸暗記 歴史年代』
    3. 『中学社会 歴史年表書きこみノート』
  5. まとめ
    1. 関連

中学生向けの江戸時代年表勉強法

歴史のテストで高得点を取るには年表をみながら勉強するのがおすすめです。

年表を活用した勉強法を紹介します。

自分で歴史年表を作成する

江戸時代の出来事を理解するために、タイムラインを作成しましょう。時系列で出来事を整理することで、全体像をつかみやすくなります。

教科書や問題集に書いてある年表をそのまま活用しても大丈夫ですが、「自分で作成」すると歴史の流れを理解しやすくなり、その後の暗記がとてもしやすくなります。

イラストやマインドマップの活用

年表には図やイラストを描いたり、メモを書いたりしましょう。

何があったのか、関係者(幕府側の為政者、諸藩、庶民、株仲間)の反応を可視化すると、覚えやすくなります。

また、マインドマップを作成することで人名や出来事の関連性を理解しやすくなります。

用語集の作成

江戸時代には独特の用語が多く登場します。

政治改革、文化、農業、外交など、「苦手」と感じる分野をまとめた用語集を作成し、定期的に復習することで定着させましょう。

複数の問題集で学習

江戸時代は期間が長いうえに幕府の統治方法と庶民の生活の乖離(かいり)が大きくなっていく時代でした。

1冊の問題集だけだと良く分からないまま丸暗記になりがちです。同じ範囲を別の問題集でも勉強してみると、異なる角度から同じ内容を復習できるので理解が進みます。

江戸時代の分かりやすい年表

1603年徳川家康が征夷大将軍に任命される(江戸幕府を開く)
1613年全国に禁教令を出す(キリスト教禁止)
1615年・大坂の陣で豊臣家滅亡
・武家諸法度、禁中並公家諸法度が制定される
1624年スペイン船の来航禁止
1635年参勤交代の制定
1637-1638年島原・天草一揆が起こる
1639年ポルトガル船来航禁止(鎖国完成と言われる)
1669年アイヌのシャクシャインと松島藩の間で戦いが起こる
1687年5代将軍・徳川綱吉が生類憐みの令を出す
1709年新井白石による正徳の治がはじまる
1716年徳川吉宗が8代将軍に就任、享保の改革がはじまる
1767年老中・田沼意次が政治の実権をにぎる
1782年天明の大飢饉が起こる
1787年老中・松平定信による寛政の改革がはじまる
1792年ロシアのラクスマンが根室に来航、通商を求める
1804年ロシアのレザノフが長崎に来航、通商を求める
1825年異国船打払令が出される
1833年天保の大飢饉が起こる
1837年大塩平八郎の乱が起こる
1839年蛮社の獄(高野長英、渡辺崋山らが投獄)
1841年老中・水野忠邦による天保の改革がはじまる
1842年アヘン戦争で清がイギリスに敗れる
1853年ペリーが浦賀に来航
1854年日米和親条約をむすぶ
1858年日米修好通商条約をむすぶ
1860年桜田門外の変が起こる(大老・井伊直弼が暗殺される)
1867年・将軍・徳川慶喜が大政奉還をする
・王政復古の大号令が出される
1868年戊辰戦争で旧幕府勢力が敗れる

江戸時代の流れと重要ポイントの解説

前述の年表をもとに、重要ポイントをお伝えします。

歴史の流れを理解しやすくなるように、時系列で解説しています。

1603年 – 江戸時代の始まり

  • 徳川家康が江戸幕府を開く
  • 安定した政権が確立され、江戸時代が始まる

1600年徳川家康関ヶ原の戦いに勝利して戦国時代の覇権者となり、天下を統一する道を切り開きます。

1603年には征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開きました。これが江戸時代の始まりです。ここから約260年間にわたる平和な時代である江戸時代がスタートします。

1615年 – 大坂の陣

  • 徳川家康の息子、2代将軍・徳川秀忠の時代
  • 大坂の陣で徳川家の統治が安定化

徳川家康が関ヶ原の戦いで勝利して江戸幕府を開くと、豊臣家の一族である大坂の豊臣秀頼やその支持者たちは、幕府の支配に不満を抱いていました。

大坂の陣は激しい戦闘となりましたが、最終的には徳川軍が勝利しました。

豊臣秀頼は自害し、豊臣家は滅亡します。これにより、徳川家康の勢力が一層強まりました。

1633年 – 鎖国政策

  • 徳川家康の孫、3代将軍・徳川家光の時代
  • 鎖国政策が導入され、外国との交流が制限される

江戸幕府が成立すると、政権の安定化が図られました。大名の統制のために武家諸法度がつくられ(2代目徳川秀忠のころ)、公家や朝廷の統制のために禁中並公家諸法度がつくられていました(初代徳川家康のころ)。

徳川家光のころには参勤交代を定めて国内の統治をさらに進め、外部からの影響を受けないようにするために鎖国政策が進められました。

対外交渉の制限

幕府は他国との外交交渉を厳しく制限し、外国人の来航を制限しました。

貿易も幕府が指定した場所や商人によるものに限られました。

  • オランダ・中国:長崎の平戸→出島で交渉
  • 朝鮮:対馬藩が窓口
  • 琉球:薩摩藩が窓口
  • アイヌ:松島藩が窓口

異国船の排除

外国船が日本の海域に入ることを防ぐため、異国船の接近を禁じました。これが「鎖国」の名前の由来の一つです。

鎖国政策の結果

鎖国政策により江戸時代は一定の平和な時期を迎え、国内の発展が進みました。同時に国際的な情勢から取り残される一因ともなりました。

鎖国政策は日本の歴史において独自の特徴を生み出し、江戸時代の社会や文化の発展に影響を与えました。

  • 1634年 島原・天草の乱
  • 1639年 ポルトガル船来航禁止(鎖国の完成)

1688年 – 1704年頃 – 元禄文化の隆盛

享保の時代には浮世絵や文学などが隆盛し、文化が栄えました。

元禄文化の特徴

元禄時代は、贅沢で豪奢な文化が隆盛した時期です。主に上方(大坂とその周辺)で栄えました。

商業の発展や都市の繁栄により、余暇や余裕のある階層が文化や芸術に優れた時間と資源を注ぎ込みました。

歌舞伎の隆盛

歌舞伎が興隆し、華やかな舞台芸術が人気を博しました。

俳優や舞台装置、衣装が派手で多彩なものとなりました。

浮世絵の発展

浮世絵が発展し、日常の風景や美しい女性の姿を描いたり、歌舞伎の役者を描いたりしました。

一般庶民にも手頃な価格で楽しめるようになりました。

都市文化の発展

商業の発展に伴い、都市での文化が隆盛。遊里(遊女がいた地域)や花魁(高級遊女)文化も栄えました。

元禄文化の文化人とその代表的な作品

有名な作家井原西鶴『好色一代男』
近松門左衛門『曾根崎心中』
有名な俳人松尾芭蕉『奥の細道』
有名な画家菱川師宣『見返り美人図』
尾形 光琳(『燕子花図屏風』など。中学生は覚えなくても大丈夫です。)
土佐光起(『春秋花鳥図屏風』など。中学生は覚えなくても大丈夫です。)

1716年 – 1745年 – 享保の改革

  • 将軍・徳川吉宗が改革を行う
  • 幕府の財政安定や商業奨励などの改革が行われる

この頃から幕府財政は貧しくなっていきます。幕府の収入を増やす、民衆の生活を安定させるという課題に取り組む必要にせまられていました。

財政の改革

幕府の財政は困難な状況にありました。金庫のお金が毎年減っていました。

そこで享保の改革ではぜいたくな出費を減らし、節約策を進めました。

商業の奨励

幕府の収入を増やすため、商業を発展させて商人などからの税収入を増やそうとしました。

商業の発展を促進するために、特に大名や寺社などが商業に参入することを奨励しました。これにより、地域経済の活性化が期待されました。

物価の安定化

物価が上がったり下がったりすると庶民の生活が苦しくなります。そこで物価の乱高下を防いで価格の安定を図りました。

これにより、庶民の生活が安定することが期待されました。

享保の改革における政策の一覧

公事方御定書裁判の基準を定めた
目安箱の設置庶民の意見を投書させた
新田開発田畑を増やして年貢収入を増やそうとした
小石川養生所の設置貧しい江戸の町民に無償で医療を提供する

改革の結果

享保の改革は一定の成果を収めました。

幕府の財政がある程度安定し、商業の発展が促進されました。また、物価の安定化によって、社会全体の安定が図られました。

ただし、改革の過程で一部の大名や旧来の特権層が影響を受け、反発も見られました。

1750年 – 1787年 – 田沼の改革

  • 老中・田沼意次が改革を行う
  • 幕府の財政再建や商業奨励を目指すが、後に混乱を招く

将軍・徳川吉宗の享保の改革により一定の安定がもたらされましたが、その後も経済や社会の変化に対応する必要がありました。

この時、田沼意次老中(幕府の最高実力者)として政権を握り、独自の政治改革を進めました。

貨幣改鋳で通貨の価値を安定化

当時の貨幣は価値が不安定でした。同じ100円玉で120円のものが買えたり、50円のものしか買えなかったりという状態です。

庶民は混乱していました。

田沼はこれを改善するために貨幣を新たに発行しなおし、経済の安定を図りました。

株仲間の奨励

幕府への税収入を増やすため、株仲間(商人の同業者組合)を奨励しました。株仲間の利益が増えれば幕府への税収入も増えるためです。

百姓一揆や打ちこわしが発生

株仲間の奨励や貨幣改鋳(かいちゅう)で商業は大いに発展しました。ところが株仲間や田沼とその配下など一部の特権階級だけがもうけていると批判も起こり、百姓一揆打ちこわしも発生しました。

  • 百姓一揆…農村での百姓による暴動
  • 打ちこわし…町での町人による暴動

改革の結果

田沼の政治改革により貨幣の安定や商業の発展が進み、社会全体の安定が促進されました。

一方で、風説禁止令などにより言論の自由が制限され、一部で不満が広がることもありました。

田沼意次の政治改革は、江戸時代中期の社会の変化に対応する一環として行われ、その影響は当時の社会に大きな影響を与えました。

1787年 – 1793年 – 寛政の改革

  • 老中・松平定信が改革を行う
  • 武士の生活抑制や税制改革が行われる

江戸時代後期には経済や社会の変化が進み、天明の飢饉で農村が大打撃を受けたこともあり、幕府の統治方法が時代に合わなくなっていきました。

  • 幕府が求める農村の在り方…米づくりをがんばってほしい
  • 江戸時代後期の農村の状況…米より商品作物(売ってお金にできる農作物。など)をつくってお金もうけをしたい。それが無理なら、実家の生活は苦しいから江戸に出稼ぎに行きたい。

寛政の改革はこれらの課題に対処し、幕府の経済的な安定や農村の振興を図ることを目指しました。

倹約令の公布

老中・松平定信は出費を減らして生活を立てなおすため、豪華な着物を禁止するなどの倹約令を出しました。

幕府だけでなく藩や庶民にも倹約を求めました。

囲い米の実施

諸藩や農村に余剰分のお米を日ごろから蓄えさせ、飢饉が発生したときに食糧に困らないようにしようとしました。これを囲い米の制といいます。

天明の飢饉を教訓にした政策でした。

出稼ぎの制限と農村への帰農を奨励

飢饉の影響で田をたがやしているより町に出てほかの仕事をすることを選ぶ農民が数多くいました。

松平定信は町への出稼ぎに制限を設けるとともに、すでに農村から出てしまっている人たちに対しては少額の融資や農具の貸与などで帰農をうながしました。

改革の結果

寛政の改革によって一定の経済的な安定が図られ、庶民の生活が改善されました。

しかし、一方で改革の影響により一部の旧来の特権層が影響を受け、社会的な不満も生じました。特に将軍・徳川家斉は浪費癖がひどく、倹約を求める松平定信と折り合いが悪かったのでした。

結局、将軍に嫌われて辞任に追い込まれました。

1804年 – 1830年頃 – 化政文化の興隆

1700年前後に上方で栄えた元禄文化に対して、19世紀前半は江戸を中心とした化政文化が栄えました。

化政文化の特徴

化政時代は、元禄文化から一転して質素で倹約な文化が求められた時期です。

浪費家として有名な徳川家斉が将軍になり、幕府財政の立て直しを図ったことが影響しています。

たびたび改革が行われ、贅沢を戒め、倹約や節度を奨励しました。

芸事や文学も質素なものが重んじられました。

近代化の端緒

この時期には洋式の学問や技術が導入され、近代化への動きが見られました。

浮世絵の変化

浮世絵もテーマ性が変わり、風俗や美人画だけでなく風景や歴史ものなど多様なジャンルが登場しました。

化政文化の文化人とその代表的な作品

有名な作家滝沢馬琴『南総里見八犬伝』
山東京伝黄表紙
十返舎一九『東海道中膝栗毛』
有名な俳人小林一茶『おらが春』
有名な画家東洲斎写楽『富嶽三十六景』
喜多川歌麿美人画で有名
歌川広重『東海道五十三次』

1830年 – 1844年 – 天保の改革

  • 老中・水野忠邦が改革を行う
  • 財政逼迫(ひっぱく)と外国の脅威に対抗するため幕府の収入を増やそうとして失敗

当時、飢饉がたびたび起こり、庶民の生活は苦しくなっていました。

大坂では元役人の大塩平八郎が乱を起こすなど、打ちこわし一揆も頻発していました。

幕府への批判を封じる・幕府の収入を増やす・物価を抑制するという課題がありました。

厳しい倹約令の発令

寛政の改革同様に、水野忠邦も倹約令を出します。

豪華な着物やアクセサリーは禁止、歌舞伎のような娯楽もほぼ禁止にするなどしたため、庶民から猛烈に反発されました。

株仲間の解散

物価の上昇により庶民の生活は苦しくなっていました。その原因を株仲間と考えた水野忠邦は株仲間を解散しました。

人返しの法の実施

農村から江戸への出稼ぎ者が多かったことが、江戸の物価上昇と幕府の年貢減少につながっていると水野忠邦は考えました。

そこで、江戸への出稼ぎ者をできるだけ農村に帰らせる「人返しの法」を発令しました。

上知令で諸藩から猛反発

ロシアなど外国船がたびたび日本にやってきて開国を求めるようになっていました。

幕府の税収入を増やして軍備を増強しようとして上知令を発令しましたが諸藩から強い反対を受けました。

上知令…年貢の多い土地を諸藩から取り上げて、代わりに年貢の少ない土地を渡す命令

改革の結果

倹約令による庶民からの反発や、上知令への諸藩の強い反対によって水野忠邦は失脚し、改革は2年で終わりました。

19世紀半ば – 1868年 – 幕末の動乱と明治維新

  • 黒船来航などをきっかけに、幕末の動乱が始まる
  • 最終的に明治維新が実現し、江戸時代が終わる

江戸時代後期から外国船がたびたび日本近海に現れ、開国を求めるようになります。

幕府は鎖国政策を盾に開国要求を反対します。

アヘン戦争で清が敗れる

1840-1842年のアヘン戦争で清国(今の中国)が敗れます。

このことを知った幕府は衝撃を受け、外国の軍事力の強さを警戒するようになります。

1853年 – アメリカのペリー提督があらわれる

1853年、アメリカのペリー提督が4隻の軍艦(黒船)をひきつれて浦賀にあらわれます。港を開いて貿易をするように求めました。

結論を聞くために1年後にまた日本にやってくると約束していったん立ち去ります。

1854年 – ペリー提督再来日し、日米和親条約がむすばれる

翌年(1854年)、ペリー提督は約束どおりあらわれます。

日本は港を開いて貿易をすることを決め、日米和親条約をむすびます。

これにより、下田と函館の開港が決まりました。

1858年 -日米修好通商条約がむすばれる

1854年日米和親条約につづいて、1858年には日米修好通商条約がむすばれます。

これにより、函館・新潟・神奈川・兵庫・長崎の5港を開港することになりました。

物価が急上昇し、庶民の不満が高まる

外国との条約は日本側に不利な内容でした。

金や生活物資が不足し、国内の物価は大いに上昇して庶民の不満が急激にたかまりました。

1867年 – 将軍・徳川慶喜が大政奉還をする

次々と外国の言いなりになってしまう幕府の姿勢をみて、諸藩は勢いづきます。

なかでも長州藩と薩摩藩が同盟して幕府を倒そうとしました(薩長同盟)。

この動きをみて将軍・徳川慶喜大政奉還を決意します。

大政奉還…朝廷に政権を返すこと。徳川家は「政権担当者」から「イチ大名」になることで、薩摩や長州の攻撃を避けようとした。

1868年 – 戊辰戦争

旧幕府側の勢力と明治政府との間に戦争が起こります。

最終的に北海道の五稜郭で明治政府側の勝利が確定しました。

※関連記事:中学定期テスト必勝!明治時代の年表をマスターする5つのステップと明治時代のテスト頻出ポイント

歴史の流れを学べる本・参考書

最期に、歴史の流れを勉強しやすい本や参考書を3冊紹介します。

いずれもAmazonのPRリンクをつけているので、リンク先でお得に購入いただけます。

『中学社会 スーパー歴史年表』

問題集に答えを書き込みながら年表を仕上げていくスタイルです。

自分で書いていくので頭に残りやすいです。


中学社会 スーパー歴史年表 (シグマベスト)

出版社:文英堂

『中学 マンガとゴロで100%丸暗記 歴史年代』

年号を語呂合わせで覚えられる参考書です。

年号を覚えるのが苦手な中学生に人気です。


中学 マンガとゴロで100%丸暗記 歴史年代 (受験研究社)

出版社:増進堂・受験研究社

『中学社会 歴史年表書きこみノート』

こちらも年表に書き込みながら覚える方式です。

秀逸なのが、イラストや資料をふんだんに掲載してくれている点です。

「文字だけだと覚えづらい!」という人も視覚的に覚えられます。


中学社会 歴史年表書きこみノート

出版社:学研プラス

まとめ

江戸時代年表の理解は中学生の歴史学習において不可欠です。

年表の作成やイラストの活用、用語集の作成、そして複数の問題集による学習で効果的に江戸時代の年表をマスターし、定期テストで高得点を獲得しましょう!

定期テストに向けてもっと勉強したい人向けに、下記の記事で一問一答問題をたくさん解けます。

中2歴史江戸時代の問題:享保の改革・寛政の改革・天保の改革の覚え方(語呂合わせ)

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福地 暁です。
個別指導の塾を経営しています。

これまで3000組以上のご家庭を担当させていただきました。
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